2011.10.21 Friday 13:22

そもそも老舗って!?

「老舗」って そもそも何でしょうか?

Wikipedia 「老舗」 を参考にすると・・・

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%80%81%E8%88%97

かなり 的確な解説かと思います


私的観点から 

1.長い時間をかけて 少しずつ積み重ねられたノウハウがあり

  大小あれど 一種の独占的市場を有していること

2.世襲であること

この2点も 多くの「老舗」の特徴だと思います

特に 2の「世襲」に関しては 

国際的・一般的には 賛否両論 一長一短ですが

ここ京都では 大事にされている価値観だと思います


「老舗」は 主に経済活動をする組織(すわわち企業・会社)ですが

「老舗」とは呼ばないけど 茶道や華道の家元 能や狂言 などなど

世襲で成り立っています

幼少の頃より その空気にドップリ浸かることによってしか

備わらない 情熱なり 使命感なり 感性なり ・・・

といった 代用できない唯一無二のものが必ずある !!!!!

と ビシッと断言します (ワタクシ京都人ですから・・・)

そして これが一番大事だとも断言してしまいます


「技術」は 世襲でなくとも 向いてる人や その天才はいるでしょう

「お金もうけ」も すごく頭の良い人か すごく悪徳な人は

その時代に応じて たくさんお金を稼げることでしょう

「表面上の技術」 や 「金銭的な豊かさ」 だけでは

決して到達することができない 「何か」 があり

その「何か」を 本当に大事に捉えていて

これからも受け継がれていけるような環境を整える

「努力」を怠っていないのが 「老舗」の本質だと思います


以上

ワタクシが思う 「老舗」の定義でした 



PS 

この「努力」自体を軽視している もしくは 認識すらできていないけれど

長い間 経済活動が続いている御店のことを

昔から 「暖簾に胡坐をかく」 と表現しています

看板や歴史があって 表面上の技術などが 

それなりのレベルで推移していると

ユーザー すなわち お客様 からは

その「本質」が 見えづらいのが現実です・・・

ニュース沙汰になって 世間を騒がす頃は

だいぶ末期症状かもしれませんね・・・


2011.02.08 Tuesday 16:15

八百長問題

角界の八百長問題、ほどほどのところで収拾はつくでしょうが、根本的な問題解決に至るでしょうか?

私は、「”抜本的な解決”は非常に難しい」と考えています。(不可能とは決して申しません)

「老舗」の傲慢な態度に対しての批判的フレーズ、「暖簾に胡坐をかく」っていうのと、非常に共通点が多いように見受けられます

”老舗”と”相撲” ジャンルは違いますが、先人達が長い時間をかけて伝承してきた「日本の伝統文化」です、いずれも。

「日本の伝統文化」は、世界的にみても類がない独自の発展と世界観があって、非常にすばらしく、奥が深いものであることは疑う余地もありません。

しかしながら、その独自性ゆえに「自由競争」にさらされていない一面も持ち合わせています。

他のジャンルを見渡してみても、サッカー・ゴルフ・ボクシング・フィギュアスケート・・・etc、世界共通ルールの下で競い合って結果を得ています。そこは、正真正銘の「実力」勝負です。

ビジネスの世界でも、法規は各々の国で違うけれども、「人々の役に立つサービス・商品」が成功をもたらしています。

「角界」と同様、「老舗」も、例えば「寺社仏閣」にお出入をして長きにわたって御用達とかだと、自由競争にさらされていません。ですから、仮にいつのまにか「本質」が伴わなくなっていたとしても、なにかの取材で「これからも暖簾を守っていきたい」みたいなことを口にしていれば、世間は「そうか。さすが老舗の重み」みたいな受け取り方をして下さるわけです。

「長い間、続けてこられた」ということは、「生き残ってきた」ということと同義です。

時の経過とともに競争相手が消えていって歴史にしっかりと抱かれていくと、それが無くなると損益や迷惑を被る人達が必ずいます。その時間が長ければ長いほど、より多くの人に影響が及びます。

その”損”のあまりの大きさに、とことん「原因究明」をすることなく、問題を引き起こした人達の「反省しています。心を入れ替えてこれからばんばります。」といった言葉を理由に、たいがい元の鞘に収めてしまいます。

これは、「非常に大きな問題」を放置していることになります。

それは、「問題を引き起こした人」全員が、必ず口にする「反省」の言葉の裏にある”実態”を、再び世の中にそのまんまのカタチで放流するということです。

「反省」や「懺悔」は、なんらかの酷い仕打ちを受けた「常識人」が、それに耐え切れず、「仕返し」として行ってしまったアウトローな行動に対して、心の底から「する」場合がほとんどだと思います。

そもそも、メディアに取り上げられたり、世間が認知するレベルに昇華した「問題」は、突然ふってわいてきたものではありません。

長年、無数に、理不尽で一方的で、全くセーフティネットが働かず、といったあり得ない「不具合」が蓄積されて、あるとき限界を超えて噴き出したものが、毎日のニュースに流れているはずです。

問題を引き起こして、その一部分が公に認知されて「反省」を口にする人は、実際には全く「反省」していないと思います。

恐ろしいのは、「問題を引き起こす人」は、「反省の言葉」を用いることによって、相手にどのような「効果」をもたらすかということを人一倍・十二分に理解・熟知して、それを使いこなしているということです。しかも、信じられないくらい天才的に・・・。

その人達が、「反省」の言葉と同時に「行動」や「価値観」を改めることは、まず皆無でしょう。
(ドラマや映画ではよくあるハッピーエンドですが・・・

今までより、もっと巧妙に、バレないように、不透明に、あろうことか更に攻撃的に、振る舞う「知恵」が強化されていきます

現実世界では、上記のようなことは価値観の多様性ということで片付けられてしまうし、実際そうなのかもしれません・・・(私はそう思いたくないですが。)

国や生活様式だけでなく、こういった多様な人達と共存していかなければならないのが世の中です。

「角界」も、モノやサービスなども、その発祥は、逆境に屈することなく、人々の生活の質の向上や安全、平和、先人達への敬意、家内安全・子孫繁栄を願うポジティヴな想いから生み出されていったのではないでしょうか!?

この「初心」を肝に銘じながら、私の修行もまだまだ続きます


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