2011.02.08 Tuesday 16:15

八百長問題

角界の八百長問題、ほどほどのところで収拾はつくでしょうが、根本的な問題解決に至るでしょうか?

私は、「”抜本的な解決”は非常に難しい」と考えています。(不可能とは決して申しません)

「老舗」の傲慢な態度に対しての批判的フレーズ、「暖簾に胡坐をかく」っていうのと、非常に共通点が多いように見受けられます

”老舗”と”相撲” ジャンルは違いますが、先人達が長い時間をかけて伝承してきた「日本の伝統文化」です、いずれも。

「日本の伝統文化」は、世界的にみても類がない独自の発展と世界観があって、非常にすばらしく、奥が深いものであることは疑う余地もありません。

しかしながら、その独自性ゆえに「自由競争」にさらされていない一面も持ち合わせています。

他のジャンルを見渡してみても、サッカー・ゴルフ・ボクシング・フィギュアスケート・・・etc、世界共通ルールの下で競い合って結果を得ています。そこは、正真正銘の「実力」勝負です。

ビジネスの世界でも、法規は各々の国で違うけれども、「人々の役に立つサービス・商品」が成功をもたらしています。

「角界」と同様、「老舗」も、例えば「寺社仏閣」にお出入をして長きにわたって御用達とかだと、自由競争にさらされていません。ですから、仮にいつのまにか「本質」が伴わなくなっていたとしても、なにかの取材で「これからも暖簾を守っていきたい」みたいなことを口にしていれば、世間は「そうか。さすが老舗の重み」みたいな受け取り方をして下さるわけです。

「長い間、続けてこられた」ということは、「生き残ってきた」ということと同義です。

時の経過とともに競争相手が消えていって歴史にしっかりと抱かれていくと、それが無くなると損益や迷惑を被る人達が必ずいます。その時間が長ければ長いほど、より多くの人に影響が及びます。

その”損”のあまりの大きさに、とことん「原因究明」をすることなく、問題を引き起こした人達の「反省しています。心を入れ替えてこれからばんばります。」といった言葉を理由に、たいがい元の鞘に収めてしまいます。

これは、「非常に大きな問題」を放置していることになります。

それは、「問題を引き起こした人」全員が、必ず口にする「反省」の言葉の裏にある”実態”を、再び世の中にそのまんまのカタチで放流するということです。

「反省」や「懺悔」は、なんらかの酷い仕打ちを受けた「常識人」が、それに耐え切れず、「仕返し」として行ってしまったアウトローな行動に対して、心の底から「する」場合がほとんどだと思います。

そもそも、メディアに取り上げられたり、世間が認知するレベルに昇華した「問題」は、突然ふってわいてきたものではありません。

長年、無数に、理不尽で一方的で、全くセーフティネットが働かず、といったあり得ない「不具合」が蓄積されて、あるとき限界を超えて噴き出したものが、毎日のニュースに流れているはずです。

問題を引き起こして、その一部分が公に認知されて「反省」を口にする人は、実際には全く「反省」していないと思います。

恐ろしいのは、「問題を引き起こす人」は、「反省の言葉」を用いることによって、相手にどのような「効果」をもたらすかということを人一倍・十二分に理解・熟知して、それを使いこなしているということです。しかも、信じられないくらい天才的に・・・。

その人達が、「反省」の言葉と同時に「行動」や「価値観」を改めることは、まず皆無でしょう。
(ドラマや映画ではよくあるハッピーエンドですが・・・

今までより、もっと巧妙に、バレないように、不透明に、あろうことか更に攻撃的に、振る舞う「知恵」が強化されていきます

現実世界では、上記のようなことは価値観の多様性ということで片付けられてしまうし、実際そうなのかもしれません・・・(私はそう思いたくないですが。)

国や生活様式だけでなく、こういった多様な人達と共存していかなければならないのが世の中です。

「角界」も、モノやサービスなども、その発祥は、逆境に屈することなく、人々の生活の質の向上や安全、平和、先人達への敬意、家内安全・子孫繁栄を願うポジティヴな想いから生み出されていったのではないでしょうか!?

この「初心」を肝に銘じながら、私の修行もまだまだ続きます


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